誉の日記的物語

日記がてら書きたい事を好き勝手に書いています。 小説を書いており面白い小説がかけるようになりたいと、構成などはちゃめちゃですが書いてます。 読んで頂けると嬉しいです。どんな事でも意見貰えると助かります。

籠り物語 シーズンⅡ

素直ではない自分を一番良くわかっているのは自分自身で、どうしても無邪気になれない若者。

心の中では勿論嬉しい気持ちもあるのだけれど、何がそうさせたのか卓は今一感情を表に出す事が上手ではなかった。

雪山でのシーズン幾度となく顔を合わせるであろう新しい仲間との出逢いをぼんやりと頭の中に漂わせながらその日の1日が終わりに向かう。

風呂で頭をのぼせさせリフレッシュする卓。
「のぼせるまで風呂はいったら頭のなかはぼぉっとしてスッキリするんだぞ」
従兄弟のおじさんの言葉をそのまま再現した。

部屋に戻る頃には素直に新しい仲間との出逢いを喜んでいる事に気がついた卓は、少し嬉しい気分でホッとしながら布団に横たわり、まどろみの中へと沈んでいった。

籠り物語 シーズンⅡ

その後、ガミくんとフリーランを数本流し仕事に戻る時間が近づいてきた。
「僕これから仕事なんでこのまま上がって親のはらの方まで流します」
「わかったよ。じゃあまた逢ったらぜひ」
ガミくんが声をかけたのに対し卓は軽く振り向いて手を挙げ、目当てのリフトへと既に向かっていた。
久々に誰かとスノーボードをした卓は新鮮な楽しさを感じたが、申し訳ない気持ちも同時に抱いていた。

誰かと滑る事は確かに楽しいのだが、卓は同程度に、自分の滑りを妨げる事無く、むしろ必死になるぐらいの相手でない限り自分をあげる事はできないと感じてしまっていた。

プラスとマイナスが入り交じった、少し居心地の悪い気分を吹き飛ばす様にノンストップまで最終地点へと滑り降りた。

少し早めの時間にバス停へと到着した卓は煙草を咥えながらブーツを緩め一服しながらガミくんとの一時を思い返していた。

籠り物語 シーズンⅡ

そんなマニアックな追及を日々黙々とこなす卓の事などお構いなしに、リフトに一人のスノーボーダーが滑り込むように相乗りしてきた。

「すいません、突然」
スノーボーダーにしては礼儀は欠かないタイプなのだと、少しホッとした卓だった。
「さっきハン3滑ってるの後ろから見て、必死に追いかけたんですけど見失って、さっき見かけたので急いでこっち来たんです」
興奮気味に勢い良く話始める。
「そうだったんですね、なんでまた?」
卓は本当に謎でしか無く、なぜという思いしか無かった。
「あんな滑り見たら誰だって話かけたいと思いますよ!あっ、すいません。俺ガミくんってあだ名なんでよろしくです」
「僕は卓です、よろしくどうぞ」
自分が褒められている事には一切触れず挨拶だけをかわす。
「反応薄いですね、迷惑でしたか?」
申し訳なさそうにするガミくんに
「いえ、自分の滑りなんてまだまだなので…なんていうか、自分で納得いく滑りをした時以外褒められてもしっくりこなくて。すいません、せっかく追いかけてまでお褒め頂いたのに」
「言う事までカッコいいとか最高ですね!ゴーグル取ったら顔までイケメンやったら俺嫉妬しますよ」
笑いながらこちらを見る。
「じゃあ、あえて今は外さないでおきますね」
卓のイタズラな返事に二人は笑った。

籠り物語 シーズンⅡ

パンパンになった足をクールダウンするように緩やかに緩斜面を惰性で流す卓はえらく満足そうな立ち振舞いに見えた。

卓は珍しくフラットバーンをこよなく愛するグラトリライダーの集うコースへと降りてきた。
なんのきっかけもないはずのフラットバーンも、彼らの手にかかればそこに何かがあるかの如く、平気で3D回転をやってのける強者まで居た。

卓は疲れる事はしないタイプでグラトリはてんでダメだった。
だが、自分に無いものを持ったライダー達を尊敬するかのように、物珍しい物を見るように、辺りをキョロキョロとしながらリフト乗り場へと滑って行った。

リフトに乗った後も卓は食い入るようにコースへと目をやり、彼らの動きを熱心に研究していた。
そんな彼らの滑りを他所に、自分はカービングの練習に取り組んだ。

パークを生業としている卓は、自分の滑りはスノーボードではなく、ただのパークライディングなのだと、自分のスノーボードに対してやや悲観的な一面を持っていた。
スキーヤーへの憧れも、滑りの繊細を持つスキーに憧れての事なのだ。

籠り物語 シーズンⅡ

少し寂しさを感じるゴンドラを後に卓はゆったりと、自分の感覚と雪面を感じとるように目的のコースへと滑った。

そこは荒れ果てた不正地のような状態でモーグルコースのように至るところにコブができていた。
普段からモーグルコースが好きでモーグラーに憧れを抱いてリスペクトしている卓は、いつか本気でモーグラーとデュアルがしたいと日頃からモーグルバーンを滑っていた。

そんな卓にとって少々荒れたバーンなど気にもならなかった。

コース脇にはコースの事を知らない初心者達が迷い混んで、絶望し座りこんだり、必死にコブを滑り降りようと挑むライダー達がちらほらといた。

卓はお構いなしにコブをしっかりと1ターンずつ丁寧に攻略していく。
スキーヤーには勿論劣るもののスノーボーダーとしは中々の滑りだった。

後半になると卓の足はパンパンに乳酸がたまってくる。
ここからが勝負と更にコブをクリアする速度をあげていく、弾かれそうになりながら、それでもできる限り丁寧にコブを攻略した。

篭り物語シーズンⅡ

中間駅へと一気に滑った卓は、足元が甘い感覚を感じひとまず滑りこむ事にした。
いつものパウダーばかりを滑るのではなく、斜度がきつく荒れがちな通称ハン3を流す事にした。

中間駅から再びゴンドラへ乗り目当てのコースへと向かう事にした。
年末に居た頃とはゲレンデにいる客層はがらりと変わり、篭りの人間ばかりが山に残り若いライダー達が多く居た。

馴れ合うように滑るグループ、卓のように黙々と滑るライダー、様々なタイプの篭りがゲレンデには居た。

卓はそんな篭りの人間と相乗りする事になった。
無口な卓はイヤホンをしたまま音楽を聞きぼぉっとしていた。

そんな卓を他所に何やら盛り上がっていた。
それでも卓は空気のようにそこに居た。
「スノーボードしに来てるし仲間とか別にいい」
そんな事を心の中で呟く卓だった。
少し羨ましさを感じた卓だったが、まるで自分に言い聞かせるようだった。

篭り物語 シーズンⅡ

ハイシーズンの白馬、卓が戻ったタイミングは絶好のパウダーチャンスだった。
狙いは山頂からのパウダー一択で、他には目もくれずそのコースへと向かった。

昼頃のためコースは既にトラックが何本も入り喰われ放題となっていた。
だが、卓はそんな事は気にも止めず気持ちを高ぶらせていた。

与えられた環境で人がしない滑りを全力でできてこそ滑る甲斐があると言う持論があっての事だった。
チマチマ人の残飯を処理する様な小さな滑りはしないと言わんばかりに、あれたバーンを敢えてロングターンで豪快に残りのパウダーを食い尽くす。

マニアックな人間が見れば、これ程ネジの飛んだ滑りをするライダーは数多くはないだろう。

荒れたバーンをものともせず白銀のスプレーを上げ雪煙の中へと姿を眩ませる。
学生生活のブランクを感じさせない切れのある滑りは、今の卓の晴れやかな気持ちを表しているかのようだった。

篭り物語 シーズンⅡ

安堵と安心感からか卓はもう少し康めしをおかわりし、滑りに行く事にした。
卓の中のモヤモヤは少しずつだが着実に晴れていく。

久々の白銀の世界に降り立った卓の背中は少し大きく見えた。
卓は大きく息を吸い込む。
肺のなかを切り裂くような冷たい空気が充満する。
「帰ってきた、やっぱりここやな」
そうボソッと呟くと、いつもの様に自販機で缶コーヒーを手に入れてゴンドラへと乗り込んだ。

いつものゴンドラの景色は、卓が大阪へ帰っている間も変わらずに卓を迎えてくれた。
清々しい晴れた気持ちで見るゴンドラからの景色は、また一段と輝かしい物に感じられた。

中間駅を越えた辺りから、マナー違反のタバコに火をつけ缶コーヒーで一服を始める。このルーティーンはかかせないのだ。

卓が居ない間に雪山は一段と肥えた雪を蓄えていた。
早くあの雪の無重力へと飛び込みたい卓の気持ちを無視するかのように、ゴンドラはいつものペースでゆったりと山頂へと向かった。

籠り物語 シーズンⅡ

「なにせ仕事の事は心配せんでえぇから安心しよし」
「わかりました。ありがとうございます」
「ほんで例の彼女はどうなったん?」
チカさんは悪戯な笑みを浮かべ卓に尋ねた。

卓はたまにチカさんや康之さんにそういう話をしていたのだ。

「あぁ、別れてきました。腹くくってたはずやのに以外と悲しいもんなんですね。」
卓は少しうつむいた。
「でも、自分で決めた事なんで後悔はしてないです。それに、こんなん言うてたら別れた彼女に失礼なので」
「あんたにもそういう気持ちがあるの聞いて安心したわ」
チカさんは優しく、だが少し悪戯な笑みを浮かべた。
「なんや言うてあんたは優しいのわかってるから心配はしてなかったけどな」
「そう言ってもらえると少しは罪悪感がましです」
「それはちゃうんちゃう?」
「えっ?やっぱり悪い事したのに変わりはないですよね」
落ち込む卓にチカさんはこう言った。
「ちゃうちゃう、あんたの優しさは充分彼女に伝わってるはずやし、優しいからそういう気持ち持つんやで。せやから罪悪感なんて感じる必要無い思うよ。真っ直ぐ彼女と向き合ってあげたんやから胸張り」
卓は安堵と共に少しだけ、目に光るものを滲ませた。

籠り物語 シーズンⅡ

久々の康めしはやはり絶品であった。


少食の卓は普段一般男子の半分程の量しか食べないのだが、康めしの時は大皿に大盛りをぺろりと食べるのだ。

「あんたほんまにこれだけはようさん食べるでなぁ。普段からそんだけ食べたらこっちも作り甲斐があるんやけど」
「これだけは別物なんです」
そう答えた卓は、ふと気になる事があった。

 

「そういえば、たかしはまだ帰ってきてないんですか?」
この質問に康之さんとチカさんは顔を見合わせた。
それから康之さんが
「たかしもう来えへんらしいわ、親族がどうこう言うてたけど実際はよくわからん。まぁ本人が決めたんやからしゃあないけどな」
「そうなんですね、まあしゃあないですよね。僕はスノーボードしに来てるんでどっちでも良いですけど」
「あんたほんまに相変わらずのボードの事しか頭に無いな」
ちかさんが笑いながら言った。

 

「て事は仕事が増えるって事ですよね」
卓は苦笑いしながら二人の顔を交互に見た。
「お前の事やからその心配するやろなってチカと話してたんや。確かにちょっとしんどくなるかもやけど、俺も手伝うし今まで通り滑る時間はちゃんと確保するから安心し」
「僕もなるべく頑張ります」

 

するとチカさんが割って入るように
「でも安心し、あんたには言うて無かったけど、もう一人バイト来るから」
「そうなんですか?なんでそんな事黙っとくんですか?」
卓は怒った訳では無いのだが突然の朗報に驚いた。

籠り物語 シーズンⅡ

時計の針は12時近くを指していた。
神戸屋の安心感にすっかり寝入ってしまっていた。

 

一眠りし、すっかり元気になった卓は今度こそ滑りに行く準備を始める。
「ガタン、卓起きてるか?昼飯食うか?」
康之さんの声だ。
急いで屋根裏のはしごへと近寄り下を覗く。
「気づいたら寝てました。お昼頂きます」
「りょうかい。滑りに行くんか?」
「はい。今用意してました」
「ほな用意できたら降りてきい。飯用意しとくから」
「わかりました。ありがとうございます、すぐ行きます」

卓はウェアのパンツを履き、ジャケットと小物を持って下に降りる事にした。

 

厨房には既にお昼ご飯が用意されていた。
神戸屋の康之さん特製やきめし、康めしだ。
これに味ぽんをかけて食べる絶品の焼き飯なのだ。

 

卓は初日からこの康めしに当たるとは思ってもおらず、滑る前からテンションは最高潮となった。

 

遅れてちかさんも厨房にやってきた。
「ただいま、挨拶もせずに寝てしまってすいません」
「えぇんよ、疲れてたんやし、話はご飯食べながらゆっくり聞くから」
「ありがとうございます」
相変わらずの思いやりの気持ちに卓は胸の中に温かい物を感じた。

 

「温かいうちに食べよ!」
神戸屋に帰ってきて初めての食事が始まった。

籠り物語 シーズンⅡ

今回は到着日時と大体の時間を神戸屋へと伝えていたため、バスで到着した時には見覚えのあるバンが既に卓を待ってくれていたのだ。

 

車へと近づきドアを開けると康之さんだった。
「ただいまです、朝から迎えありがとうございます」
そう言って車へと乗り込んだ。
「お帰り、長旅ごくろうさん。ほな行くで」

卓を乗せた車は見慣れた雪道を勢い良く走り抜け、あっという間にペンションへと到着した。

 

「ありがとうございます、早速着替えて仕事しますね」
そう言って降りようとした卓に
「今日は朝はえぇよ、寝るなり滑りに行くなり自由にしとき」

バスの長時間の移動で疲れた卓にとって、この言葉は有難い事この上無かった。


「わかりました、ありがとうございます」
「ほなまた夜いつもの時間によろしく」

康之さんはそう言って朝食の準備に向かった。

 

卓はせっかく朝から滑れるのだからと滑りに行く事にした。
ひとまずいつもの屋根裏へと向かい、誰も居ない部屋で煙草を吸う。
懐かしい屋根裏のかび臭さと煙草の混じった匂いに、どこか落ち着きを感じ、少しホッとした気分になっていた。

籠り物語 シーズンⅡ

卓は別れも早々に出発の準備をして、夜行バスの出る新大阪へと向かった。


さっき別れ話をした後とは思えない程ドライな感覚で電車に揺られる。

 

新大阪のバス乗り場にはスキー・スノーボードツアーに向かう客でごった返していた。

卓はバスを待つ。


隅の方で人の居ないスペースに荷物を起き、その上に座り込み携帯灰皿を片手に煙草を吸った。
いつも楽しそうな話し声、仲間内で盛り上がるその姿を見て、一人で白馬へ向かう卓は、少し寂しい気持ちになるのだった。

 

乗り込むバスが到着し案内が始まる。
一人であるという姿を隠すかのように、そそくさとバスへと乗り込むのだった。

 

いつもの如く数ヵ所のサービスエリアでバスは止まる。
卓はトイレ以外は一切目を覚まさない。
しかし、不思議と長野県に入り外に雪景色が広がったエリアに入ると目を覚ますのだった。

 

雪で自然と目を覚まし、雪を見て安心すると共に興奮していた。
冷たいと思われるだろうが卓はなんとも単純なのだ。

籠り物語

「まぁせやな」
卓も微笑した。

 

このやりとりのおかげで空気は少し和らいだ。
「中途半端な気持ちで関係を続けるのはなんか違う気がすんねん。白馬に行ってせっかくスノーボードにも集中できる環境やし。この中途半端にミホを繋ぎ止める時間も勿体ない時間になるやろし」


卓は自分の都合の良い事ばかり言っている事は自覚しているのだが、本心でミホの輝かしい今の時間を無駄に過ごさせている事に責任を感じていた。
無論、高校生の恋愛でそこまで重たく考えるのは珍しい事のようにも思えるのだが…

 

「うちも卓にはせっかくのスノーボードやし思いっきり楽しんでほしいと思う。卓はきっと言い訳してるみたいで嫌な気分で今喋ってくれたんやろうけど、そこは大丈夫やで。卓のそういう優しさはちゃんと伝わってるから」
見事に見透かされていた。

 

「白馬に戻る前にちゃんとこうやって話しに来てくれたし。卓のそういう所は、やっぱうちは好きやねんなぁ」
「ありがとう、当然の事やと思うから。お互いモヤモヤするし」
「そやね。卓と別れなあかんのは悲しいし寂しいけど、卓の気持ちはちゃんと理解してわかってるつもり。お互いこれから色んな出逢いもあるやろし」


こういう強がりを見せて安心させようとしてくれるミホに、卓は感謝の気持ちと寂しい気持ちが入り交じった、とても複雑な心境になっていた。

 

「ひとまず白馬で怪我せずに目一杯楽しんで来て。卒業式は帰ってくるんやろ?」
「ありがとう。そん時はまた戻ってくるよ」
「じゃあそれまで卓の無事を祈って応援してるわ」
「泣かす気か?」
少しうるっとしそうなのを必死で堪え、笑いながらそう言った。


「ミホも色々頑張れよ」
「うん」
「ほな出発の準備あるから行くわな」
「気をつけてね」
「ありがとう」

 

卓は原付のエンジンをかけ、軽く手を挙げ走り出した。
ミラー越しに写るミホはうつむきながら手だけを降っていた。
卓がその場を離れるまで必死に涙を堪えていたのだ。